
「わたしのことを記憶しつづけていてください」
夢から覚めたとき、それは見捨てられた駅が話しかけてきたのだと思った。この小説はそんなふうにして生まれた。だから、二人の男、それから二人の女をめぐるエピソードより成るこの小説の本当の主人公はあの簡易駅なのだ。
「別れの谷」という悲しき名を背負ってそこに生まれた駅は、もはや皆からは忘れられ、跡すら残すことなく、 ひとり消え去ろうとしている…… (作者のことばより)
江原道の旌善(チョンソン)に位置する、山間の小さな駅『別於谷』。今はすでに廃駅となっているが、1970年代までは故郷を離れる人とそこに残る人とが別れを惜しんだ。駅は多くの人びとの行きかいを見つめ記憶してきた。その記憶の堆積をていねいに解きほぐすように物語は展開する。