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2024.12.07
イベントレポ:翻訳者対談「どれから読む? チョン・セラン作品」

2024年現在で合計10冊と、韓国の作家では最も多くの邦訳本が出版されているチョン・セランさん。今回のフェスティバルにあわせて『ちぇっくCHECK+ 創刊号: まるごとチョン・セラン』(2024・K-BOOK振興会編)も刊行されました。古川綾子さんの進行でおこなわれた翻訳者対談では、古川さんを含む四人の翻訳家のみなさんが、韓国での出版年順に、作品の魅力、翻訳の楽しさや苦労までチョン・セラン・ワールドを縦横無尽かつ楽しく語り合いました。

時代とともにアップデート

チョン・セランさんの作品のうち、韓国で最初に出版されたのは長編小説『八重歯が見たい』(2011年/改訂版2019年/邦訳2023年)です。続いて2作目の長編『地球でハナだけ』(2012年/改訂版2019年/邦訳2022年)が出版されました。
翻訳はどちらもセランさんの大ファンでもある翻訳家のすんみさんです。すんみさんは二つの小説について、「主人公が書いた小説の文章が元恋人の体に刻まれる、不思議なつながりの物語。読後にタイトルの印象がガラっと変わる」(八重歯)「セランさん自身が覚悟を決めて書いた甘い話」(ハナ)と紹介しました。

二作の共通点について、初版から数年経って作られた改訂版が、時代の変化に応じてアップデートされていることをあげました。「助けられる存在からより主体的な女性像に」(八重歯)、「家族像が多様化する中、ハナと養子の関係を描いた一章分が差し替えられた」(ハナ)など、自分の考えも時代とともにアップデートさせたいと考えるセランさんによって、大胆な改訂が行われていることを明かしました。ちなみに邦訳はいずれも改訂版をもとにしているそうです。

韓国文学の新しい時代を牽引

続いて出版されたのが『アンダー・サンダー・テンダー』(2014年/改訂版2021年/邦訳2015年)です。2016年のチャンビ長編文学賞を受賞した本作の翻訳を担当したのは吉川凪さん。

2015年にはチェッコリでセランさんを招いたトークイベントが開催されました。当時セランさんは31歳。日本に紹介された韓国の作家のうち最年少だったそうです。北朝鮮と近く、どこか不穏な空気が漂っている20世紀末の韓国・坡州(パジュ)を舞台にした高校生の成長物語は、多くの日本の読者に韓国文学の新しい時代の訪れを感じさせました。吉川さんは「『이 만큼 가까이(これくらい近くに)』という原題がしっくりこなかったので『アンダー・サンダー・テンダー』というタイトルを提案した。すると、実はこのタイトルをセランさんも付けたいと思っていたことがわかりました」と邦題にまつわるエピソードを語りました。

若い読者に読んで欲しい二作品

続いて2024年11月に邦訳が出版されたばかりの『J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力』(2014年/改訂版2021年/邦訳2024年)の翻訳を担当した古川綾子さんです。

古川さんは「シンプルな文体で書かれたSF冒険もの。幅広い世代の読者を想定して翻訳した。中高生に読んでもらいたくて出版されたばかりの本をブックサンタに寄附した」と翻訳者としての思いを披露。Netflixでドラマ化もされた『保健室のアン・ウニョン先生』(2015年/改訂版2020年/邦訳2020年)ついて、翻訳家の斎藤真理子さんは「学園ドラマであり、ラブストーリーであり、SFでもあってユーモアも効いている。ドラマとあわせて楽しめる作品」と、表紙のアイテムの解説を交えながら語りました。

巧みな構成とストーリーテラーとしての実力

チョン・セランさんの作品中、日本で最も多く読まれているのは斎藤さんが翻訳した『フィフティー・ピープル』(2016年/改訂版2021年/邦訳2018年/邦訳改訂版2024年)ではないでしょうか。斎藤さんは「邦訳はキャラクター50人の顔のイラストが表紙になっているように、大学病院を背景に互いに絡まり合う人間関係を描いた作品で、セランさんのストーリーテラーとしての力量が発揮されている。改訂版ではディテールが整理されて各章の主人公が際立つようになった」と述べられました。

出版順は前後しますが、『シソンから、』(2020年/邦訳2021年)も巧みな構成の群像劇です。近現代を生き抜いた開明的でパワフルな女性シム・シソンの縁に続く人々が織りなす人間ドラマである本作について、斎藤さんは「一章ごとに冒頭にシソンの文章や言葉が挿入されていて、シソンが生きた時代の古風な文章の味わいを活かして訳すのが楽しかった。タイトルに付けられた読点は、シソンの後に続くという意味」タイトルに隠されたメッセージについても言及いただきました。

チョン・セランを味わい尽くす短編集

短編集として最初に出版されたのは『屋上で会いましょう』(2018年/邦訳2020年)です。翻訳を担当したすんみさんは「デビュー初期の短編も収録され、セランさんの変遷がわかる。短編だからこそセランさんの考えがはっきり出たフェミニズム小説集」と紹介。二作目の短編集『声をあげます』(2020年/邦訳2021年)については「現代の普通の生活にSF的要素を加えた柔らかなSF短編集」と紹介されました。

最後を飾る作品は、最近邦訳された短編集『私たちのテラスで、終わりを迎えようとする世界に乾杯』(2022年/邦訳2024年)です。この作品はセランさんが色々な媒体から依頼されて執筆した掌編や短編をまとめたもの。一作ごとにセランさんのコメントや執筆のエピソードが書かれているのが特徴です。原題は『アラの小説』で、「アラ」は90年代に多かった女性の名前。「アラ」たちが社会問題に直面し、どのように考えて行動するのか、セランさんの考えを身近に感じることのできる小説集ともいえます。ちなみに邦訳のタイトルは編集者の方のアイディアだそうです。

全ての読者の中で、一番深く作品を理解しているのが翻訳家だと言われます。10作品で90分(1作品10分以内)という限られた時間の中で、作品の魅力はもとより背景や改訂の意味、そして何より作品に対する溢れんばかりの愛情を披露してくださった四人の翻訳家の皆さんに会場から熱い拍手が贈られました。
(レポート:中村晶子)

当日の様子は以下から視聴できます。

共 催:⼀般社団法⼈ K-BOOK振興会、韓国国際交流財団
主管:K-BOOKフェスティバル実⾏委員会
後援:(一財)⽇本児童教育振興財団、
韓国⽂学翻訳院、アモーレパシフィック財団、
李熙健韓日交流財団、(公財)一ツ橋綜合財団、
(一財)SUN教育支援機構、
永田金司税理士事務所、株式会社クオン