デビュー以来、韓国文学界で大きな存在感を放ってきた作家ソ・ユミ氏。2024年9月刊行の短編小説集『誰もが別れる一日』では、誰にでも訪れる人生の「不安」と「危機」の断面を解剖し、人が「それでも生きていかなければならない」瞬間を残酷に、かつそっと包み込むような温かさで描いています。ソ・ユミ氏のリアリズム世界の深淵が味わえる本作や作家としての魅力についてたっぷり語る対談です。
ステージに登場したのは、人気翻訳者の斎藤真理子さんと『誰もが別れる一日』の翻訳者のお一人、金みんじょんさん。金さんは記者、小説家、エッセイスト、翻訳者、韓国語教師、さらにお子さんの学校のPTA会長と多彩な活躍をされていて、実は斎藤さんの大ファンなのだそうです。斎藤さんもソ・ユミ氏の「当面人間――しばらくの間、人間です」(『イライラ文学館』所収)を翻訳されたことがあり、これまでSNSを通じたやり取りはあったお二方。「実際お会いするのは初めて」と言いながら、和やかな雰囲気で始まりました。
作家ソ・ユミの魅力
「『スノーマン』という短編を読んだことが作家ソ・ユミ作品との出会いだった」と語る金さん。スノーマンでは、新年の初出勤の日に大雪が降り、会社に行こうか迷う男が描かれていて、日韓の会社員の共通点を感じたそうです。
斎藤さんはソ・ユミ氏について、「じっくりと味わい深いリアリズムの小説と、すこし非日常的な出来事を緻密なリアリズムで表現するマジックリアリズムでやわらかい印象の小説がある」と語りました。
『誰もが別れる一日』が描くもの
『誰もが別れる一日』に収録された6つの短編はいずれも「ある一日」を描き、登場人物が若い順に作品が並んでいるそうです。斎藤さんは「どの作品にも共通するのは、何かに少しずつ困っている主人公が描かれています。どの年代の人に共感できるので、描写力がすごい作家さんだと感じた」と語りました。特にクリスマスにも働く非正規雇用の20代姉妹を描いた「エートル」と、離婚後に母親の看取りと娘の出産を控えた60代女性を描いた「変わっていく」が好きだそうです。
金さんは短篇集に出てくる何ケ月もチムジルバン(サウナ)に住む人を主人公の話を交えながら、「目に見えにくい“貧困” は、日韓で共通して存在しているものです。ソ・ユミさんは日韓の共通点をつなぐことができる作家であり、フェミニズム作品とも一味違う、ごく普通の人々の人生が詰まった作品を描いている」と熱く語りました。
さらに、このような作品を日本で出したい一心で出版社を回ったものの「短編集だから難しい」「2人で訳しているから」といろいろな理由で断られ続けた苦労話も披露。「2人で訳したらだめですか?」と尋ねる金さんに「8人で訳している本もあります」と斎藤さんが冷静に返し、会場から笑いが起きる場面もありました。
韓国文学の楽しみ方
「人の喜怒哀楽、生活、文化、歴史をまるごとスープで煮込んだように摂取できるのが小説」「韓国文学は、思っていても言葉にならないものを引き出す力がある」とは斎藤さんの名言。加えて厳しい出版界の現実も踏まえつつ「出版数も増え、たくさんの作品からお気に入りの作家を探していただける時代になりました。いいなと思う作家がいたら、いろいろな形で応援してほしい」とメッセージを贈りました。
お二人の楽しいお話からにじみ出る文学、作家への熱い思い。そして「韓国のリアルを描く作品に日本との共通点が見える」というソ・ユミ作品にとても心惹かれた対談でした。金みんじょんさんの作家、エッセイストとしての今後のご活躍にも期待が膨らみます。
(レポート:湯原由美)
当日の様子は以下から視聴できます。