
東京・神保町を中心に開催される文学イベント「こころに触れるー韓国文学がつなぐ私たち」に来日中の作家ペク・スリンさん、ナ・テジュさん、チェ・ウニョンさん、李承雨(イ・スンウ)さん。4名の作家さんがK-BOOKフェスティバル会場にも来場し、読者からの質問に答えるトークイベントが行われました。ナビゲーターはK-BOOKフェスティバル実行委員長で出版社クオンの代表、金承福(キム・スンボク)さんが務めました。
「書くことは生きること」4人が作家になった理由
イベントを見てもっとも強く感じたのは、「作家とはなるべくして作家になる人たちなのだ。そして、書くことによって作家自身も支えられているのかもしれない」ということです。冒頭で語られた「作家になったきっかけ」への答えが、それぞれの作家性と強くリンクしていました。
ペク・スリンさんは「子供の頃から内気で、話したいことがあってもうまく言葉が出てこなかった」と語ります。家に帰ってから『本当はこんなことを話したかったのに』と書き出したのが、文章を書くきっかけだったそう。「文字にするとゆっくり考えられますし、嘘をつくのが大好きだったので、小説家に向いていたのかもしれません」

今年80歳になる詩人のナ・テジュさんは「私は生きるために書きました」と話します。「心に感情を置き去りにしていると風船のように破裂してしまう気がして、それを吐き出すために書き始めました。今も汚れた心を洗濯するように詩を書いています」

チェ・ウニョンさんは「子供の時に楽しいことがなく、本を読むことだけが楽しかった。読んでいるうちに書きたくなり、暇なときや寂しいとき、心にぽっかり穴が空いた時に書き始めました。一度書いてみたら面白かったんです」と語りました。

李承雨さんは「実は詩を書きたかった」と語り、作家になったきっかけについて、「大学を休学していた時に、ローマ教皇が襲撃される事件がありました。私は神学を学んでいたので大きなショックを受け、衝動的に小説を書いて応募し、賞をいただきました」と話しました。

創作スタイルに迫るQ&Aセッション
作家を指名して読者が寄せた質問も展開されました。作家の著書に慣れ親しんでいる読者からの質問は興味深いものが多く、その回答にも作家それぞれの創作の様子をうかがうことができました。
ペク・スリンさんには、「作品に共通する『異邦人性』は、どのような文学的なインスピレーションを与えているか」という質問がありました。「私自身が周囲から少し離れた存在だと感じながら育ちました。異邦人は他者でありどこにも属せない孤独な存在でもありますが、定住者には見ないものを見つけ、思いつかない質問を投げかけてくる存在でもあります。国境の境界という意味だけでなく、様々な場所にいる異邦人を描きたいです」
次に、人物の感情を細やかに捉える「共感の文学」と評されるチェ・ウニョンさんには「感情描写の秘訣」についての質問がありました。「内容はフィクションでも、登場人物が感じる感情は、私が生きている中で実際に感じたものです」と答えました。「小説を書くときは、ストーリーよりも先に人物の感情が私に迫ってくるので、感情に集中して書いていると思います」

李承雨さんには「長く人間の内面を探求してきた先生は、最近人を見る目が変わったようなことはありましたか?」という深い問いが投げかけられました。「難しい質問ですね」と笑いながら、李承雨さんはこう話しました。「自分自身を観察し続けているせいかもしれませんが、人間への信頼を持てずにいます。自分のことが一番信じられず、わからないからです。最近思うことは、今の地球は人の無限の欲望と能力を調整してこなかった結果ではないかと。だから、『できるけれど、あえてしない』という決断こそが本当の力であり、制御する力を持つ必要があります」
また、長年教師として働きながら詩を書いてきたナ・テジュさんには、「教育と詩を書くことにはどんな関係があったか」と質問がありました。「私は生活のために43年間下僕のように教師を務めました。おかげで今はたくさんの年金をいただいています」と茶目っ気たっぷりに答えるナ・テジュさん。「教師は職業で、詩を書くことが本業だと思ってきました。でも、定年後に、子供たちのように世の中を見つめ、考えてきたことが、詩を書くことにとても役立っているのだと感じます」

悲しみ・喜び・怒りのうち一番書きやすい感情は?
イベントの後半では4人に共通の質問がいくつか投げかけられました。その中で興味深かったのが、「悲しみ・喜び・怒りの中で一番書きやすい感情は何か?」という質問です。
ペク・スリンさんは「すべて描くのは難しい」と前置きした上で「喜び」を選びました。「私の場合、喜びという感情は非常に素朴な感情なんです。どう書いても、誰かを傷つけることがない感情だと思っています」
ナ・テジュさんは「悲しみ」を選びました。「悲しみは愛の感情に近いからです」と語り、ご自身の詩の一節を口にしました。「この秋、未だにあなたのことを愛しているから悲しい」
チェ・ウニョンさんも「悲しみ」を挙げました。「私の中には悲しみが多くあります。いつも悲しみを抱えているので、相対的に書きやすいように思います」
李承雨さんは「書くのが難しいのは喜び」と話しました。「喜びはただ楽しんでいる状態なので、観察対象になりにくい。怒りは後で反省するし、悲しみはその中に入り込んで抜け出せない状態を観察できる。だから喜びは書きにくいです」

このほかにも、いくつかの共通質問が投げかけられました。「あなたにとって小説や詩を書くとは、どういうことですか?」という質問では、作家としての在り方が語られました。
李承雨さんは「作家を職業だと思わず、書いているときだけ作家でいようとしている」と語り、チェ・ウニョンさんは「書いていないと息が詰まる。私にとって書くことは息をすることと同じ」と明かしました。
ペク・スリンさんは「翻訳家や教師など他の仕事をしているサブキャラがいるが、その時も常に小説のことを考えている。書くことは『私らしくいられる状態』を保つこと」と表現しました。ナ・テジュさんは「もし、刑務所に行っても詩を書くか?刑務所に行かず詩をやめるか?と選択を迫られたら、私は刑務所に行ってでも詩を書く」と答えました。

約1時間のトークセッションでは、作家の皆さんの書かずにはいられない性(さが)や創作に向き合う姿勢が、率直な言葉で語られました。みなさんの素顔に触れたことで改めて作品を読み返したくなる時間でした。
レポート:久保佳那