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2020.12.03
イベントレポ:ハン・ガンさんに聞く

ハン・ガンさんは、『菜食主義者』や『ギリシャ語の時間』などの作品で日本にもファンの多い作家です。そのハン・ガンさんとオンラインでつないだトークイベントが「K-BOOKフェスティバル」のプログラムとして開催されました。進行役は、翻訳家のきむ ふなさん。イベント後半では、作家の平野啓一郎さんも参加し、日韓の人気作家による対談も実現しました。

Zoomを使うのは今回が二回目というハン・ガンさんは、周囲にスタッフはいても、お客さんの顔が見えないのはシュールだと話します。モニタ越しだと表情が読み取りにくいですよね、と話すきむ ふなさんに、「できるだけ笑っているようにします」と笑顔で答えていました。

 


(ソウルのスタジオの様子)

「通訳を介していると間が空くので、私の言葉が海を越えているんだなという感覚になって、時間の感覚が神秘的なものに感じられます」と話すハン・ガンさん。日本の読者の中には、はじめてハン・ガンさんの声を聞く方も多いと思いますが、穏やかで優しい印象の声です。

1ヶ月ほど前に新作を書き上げたというハン・ガンさん。出版のタイミングは、未定とのことです。小説を書くときは、心の中に生まれたひとつの文章をもとに話を書いていくと語るハン・ガンさん。新作のタイトルは「別れられない」で、内容を一言で表すなら「至極の愛」とのことでした。
「コロナの影響で予定がキャンセルになり、静けさがもたらされました」と話すハン・ガンさんは、9月から11月中旬の2ヶ月半、新作を書き続けていたと話します。小説を書くためだけの2ヶ月半を過ごし、「まるで新しく生まれ変わったような気分になりました」と話していました。コロナ前にあったさまざまなことが、自分にとって必要のないことだったのかもしれないとも感じたそうです。

自分の作品についてハン・ガンさんは、韓国の読者には『少年が来る』をまず読んでほしいと話し、日本の読者には『ギリシャ語の時間』か『すべての、白いものたちの』を最初に読んでほしいと話します。きむ ふなさんからは、イベントの事前のアンケートで好きな作品に『ギリシャ語の時間』をあげる方が多かったと話がありました。
  
「韓国の読者に『少年が来る』をまず読んでほしいと薦める理由はなぜですか?」との問いに、ハン・ガンさんは静かな口調でこう話してくれました。
「1980年の光州事件から40年となりますが、今でもまだ完全には解決していない事件です。誤解されていることもありますし、事実を知らない方もいます。『少年が来る』を読んでもらうことで、これまで歪曲されてきた事実や隠蔽されてきた事実、その中にある真実を皆さんに知ってほしいという思いがあります。若い方に本をプレゼントする機会があるときは『少年が来る』を渡すようにしています」

「実際にあった事件を書くときに、事件の生存者の方がまだいること、事件の目撃者や遺族の方がまだご存命であることからくる圧迫感はとても大きいものがありました。事件を経験された方が読んでくれるので、いい加減なことは書けないという思いがあり、資料調査にも気を配りました。資料を読んでいるときから悪夢を見るようになりました。頻繁に悪夢にうなされて、自分の人生が根底から覆されるような経験をしました。3行書いては1時間泣き、日暮れまで何もできないままに家に帰るようなこともありました。自分自身の限界と戦っていたのではないかと思います。小説を書き上げることで、ある部分に触れたいと思っていたことがあります。それは、子供の頃に見た病院の前で負傷した人たちのために危険を顧みず献血の列に並ぶ人の写真の光景です。私は、この写真が悪夢の中で点滅しているような気がしました。なぜ彼らは危険を顧みずにその場にいようとしたのか、どうして命をかけようしたのか、そして実際にどうして命を落としたのか。『少年が来る』を書くことは、私自身を新しくする実験でもあったのです」

今書いている小説も、「済州四・三事件」という実際の事件を題材にしているとハン・ガンさんは言います。ただ、実際の事件が題材だと話してしまうと、そのことだけに捉えられてしまうので、曖昧にしていると話していました。

事前アンケートで人気の高かった『ギリシャ語の時間』の創作についても話がありました。
「2000年代はじめの頃に、ギリシャ哲学を勉強している方から、ギリシャ語は時制がとても複雑な言葉だと教えてもらいました。ギリシャ語では動詞がとても重要で、ひとつの動画がたくさんの意味をもち、さまざまな意味が凝縮しているという話を聞いて、強烈なインパクトを受けました。『ギリシャ語の時間』を書くとき、すべての意味が凝縮された言葉を想像しました。人生を圧縮して表すような単語は存在するのだろうかと想像をしました。当時の私は、言葉は人間の感情を運んでいくものですが、人間の感情がすりきれたり、ボロボロになったとき、言葉もすり減ったりボロボロになるのではないかと考えていました。自分の小説も読めなくなるほど虚構が受けつけられなくなり、距離をとっていました。そのときに、言葉を失った女性の物語を想像するようになり、そこにギリシャ語のことが結びついて作品につながっていきました」

「言語がつらいと感じる女性はどのように言葉を発するのだろうと考え、手のひらに文字を書くシーンが思い浮かびました。爪を短く切った指先で相手を傷つけずに文字を書いていく。それもひとつの言語になると想像しました。その女性が誰の手のひらに文字を書いていくのかを想像したときに、視力失っていく男性が思い浮かび、彼の手のひらに文字を書くシーンを想像しました。このふたりに救いの瞬間があったとすれば、指と手が触れる瞬間、そこから言葉が伝わっていく瞬間だったのではないでしょうか」

『菜食主義者」と『ギリシャ語の時間」との間で、作品に変化はありましたかというきむ ふなさんの質問にハン・ガンは、『菜食主義者』の最後で、ヨンヘが何も食べないことを決心したことに触れ、私はこの小説を彼女が生きている状態で終わらせたいという思いがあったと話します。「私の心の中ではヨンヘはまだ死んでいません。何かに抗っている、そしてその答えを待つという状況を描いていて、それは粘り強く暗いものです。この小説は、まさにそういう作品だと思います」と話し、作品の本質はこの最後の瞬間に込められていると話しました。
作品の変化については、『菜食主義者』と『ギリシャ語の時間』の間に書かれた『風が吹く、行け』(未訳)という作品があり、『菜食主義者』では暴力を拒否し命をかける女性、『風が吹く、行け』では愛を捨てずに戦う女性を描き、その作品を経て『ギリシャ語の時間』が書かれたと話していました。
(『바람이 분다 가라[風が吹く、行け]』書影)

ハン・ガンさんは、作家であると同時に、詩人、エッセイストとしても活動しています。また、自ら作詞作曲をして歌ったりと、マルチに活動しています。どのように創作のスイッチを切り替えているのですか、との問いには、少し照れたように「歌っていると言っても、私の場合は歌うというより囁いているのです」と笑顔を見せます。詩集が日本で翻訳されると聞き、詩には私自身がより多くつまっていると思うのでとても嬉しいと話します。散文(エッセイ)を書いていると、ときどき自分の中に詩が降りてくることがあると言い、詩と散文は、違うものですが共通するところがあるのだろうと話します。小説が、ずっと悩み抜いて考え続けながら時間をかけて書くものだとすれば、詩はすっと降りてくるものを捉えて書く感じなので、作業の仕方や書き方は違うものだと感じているそうです。

ここからスペシャルゲストの平野啓一郎さんが加わり、おふたりの対談が実現しました。

平野さんは、東アジア作家フォーラムなどを通じて、キム・ヨンスさんやキム・エランさんなど多くの作家と交流してきました。キム・ヨンスさんはハン・ガンさんと同じ時期にデビューしていますが、平野さんとハン・ガンさんが会うのは今回がはじめてとのこと。

平野さんも好きな作品と話す『ギリシャ語の時間』について、主人公の女性が自分の身体を自分が専有している空間と表現し、大声を出してその空間を広げるのが嫌だから小さな声で話すという場面が印象に残ったと話します。コロナで自分の領域と他人の領域の距離を意識させられるようになった現状と重なると思ったそうです。また、視力を失っていく男性の心のなかに、ギリシャ語やかつて愛した女性のことが断片的に流れていく感じが、外に出られずに家の中で過ごした時間の流れに近いのではないかという印象を受けたそうです。

コロナの経験をどう書いていくかを世界中の作家が考えていると話す平野さん。世界中の作家が、一斉にこの経験を書き始めるのか、それとも別の話を書こうとするのかーー。ハン・ガンさんがこのテーマをどう考えているかを問いかけます。
ハン・ガンさんは、とても悩み深いし、いろいろなことを考えてしまうと話し、コロナのパンデミックだけではなく、人類の未来について多くの人が悩み考えていることに関心があると話します。コロナに関することを書くというよりは、自分の中に新たに芽生えている人類に対する心配や不安が小説の中に溶け込んでくるのではないかと考えているそうです。

平野さんはまた、小説の役割を考え直すことはあるかと尋ねます。小説が社会的意味を持つ必要があるか、個人の内面を描き続けることが重要なのか。個人を行動に駆り立てる物が必要なのかを自身も書きながら考えることがあるということで、ハン・ガンさんもそう考えることがあるかと問いかけます。
ハン・ガンさんは、平野さんの『ある男』という作品に、いま話したような悩みが込められているように感じたと話します。とても個人的なことを語っているようにみえて、その中に社会に伝えたいことが自然な形で溶け込んでいると感じたそうです。自分の場合は、まず自分自身を救いたいという気持ちがあったと話すハン・ガンさんですが、人間の内面を掘り下げていくうちに私的なことと政治的なことは切り離せないものだと感じるようになったそうです。
個人的なもの、政治的なもの、自分自身のために書いているもの、世界に向けて書いているもの、それを区別するのは難しく、境界線の上を歩いているような感覚があると話すハン・ガンさんに、平野さんは共感できると言います。作家は、地球環境や人類のような抽象的なテーマを書くことはできず、個人を書くことしかできない。そこに私的なものと政治的なものが同化するような物語を書いていくことの重要さを感じたと言い、ハン・ガンさんの今後の作品がますます楽しみになったと話していました。
(『ある男』韓国語版書影)

最後にハン・ガンさんから日本の読者へのメッセージがありました。
「皆さんにとっても本当につらい時期を過ごされていると思います。今日、私の言葉が海を越えて、日本の皆さんの言葉が海を越えて届きました。きむ ふなさんがお話してくださったこと、平野啓一郎さんがお話してくださったことも海を超えて届きました。この出会いが生んだ波動を噛み締めながら前に進んでいきたいと思います。みなさんにも前進していってほしいと願っています。本を通じて出会えることは貴重で神秘的なことだと思います。本を通じた出会いがこれからも続いてほしいと願っています」

*****

イベントの締めくくりでは、ハン・ガン作品の翻訳者である斎藤真理子さん、古川綾子さんも加わって、11月27日に50歳の誕生日を迎えたハン・ガンさんに花束のプレゼントというサプライズが用意されていました。

年齢を重ねることは、自分の過去を振り返ることができること、ありがたいこととハン・ガンさんは話します。年齢を取るのはとてもいいことで、自由が得られる感じがあります。ただ、この気持ちを言葉にして表すにはもう少し時間がかかるのかなと話していました。そして、「自分の本を日本の読者に出会えるようにしてくれるのは、翻訳者の皆さんのおかげです」と感謝の言葉でイベントの最後を締めくくられました。

レポーター:佐野隆広(タカラ~ムの本棚・店主)

 

共催


主管:K-BOOKフェスティバル実行委員会
後援:一般財団法人日本児童教育振興財団、
公益財団法人 韓昌祐・哲文化財団、
アモーレパシフィック財団、韓国文学翻訳院、
株式会社クオン、永田金司税理士事務所