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2020.12.03
イベントレポ:「ハン・ガン作品を語る」翻訳者座談会

『菜食主義者』でマン・ブッカー国際賞を受賞したハン・ガンさんの作品の翻訳者4人が、作品の魅力や訳す際に苦労した点、彼女とのエピソードなどを語り合いました。

翻訳を担当した作品について
まず、それぞれの担当作品を翻訳者の視点で紹介しました。『菜食主義者』の訳者きむ ふなさんは、出版社クオンの金承福社長から「従来の韓国文学は民主化運動や歴史がテーマで重く暗く長いというイメージだが、それとは違う新しい韓国文学を紹介したい」という話を聞き、この作品ならテーマが普遍的なので適切だと考え推薦したそうです。彼女の作品について、文章が簡潔で単語も平易なので外国語に訳すのに適していると思うと述べました。

井手俊作さんは西日本新聞の文化部記者だった2014年、同僚記者に誘われて行った李清俊文学祭で、ハン・ガンさんの父で作家の韓勝源さんにインタビューしたことが縁で『少年が来る』を訳すことになったそうです。その際、「親ばかですが」と言いつつ『少年が来る』が万海文学賞を受賞したことをニコニコしながら話し、「勝於父」(子が父を凌駕する)という言葉を教えてくれたと。この作品は著者自身、書きながらつらくて泣いては気を取り直してまた書くという繰り返しだったそうですが、井手さんも訳しながらいたたまれなくなり、気力が回復してから翻訳を再開するという状況だったと話しました。

ギリシャ語の時間』『すべての、白いものたちの』『回復する人間』の3冊を訳した斎藤真理子さんはハン・ガンさんについて「繊細な作家であると同時に明瞭な作家で、輪郭は極めてはっきりしていると思う」と述べました。例えば3冊にはそれぞれブルー、白、黄色というテーマカラーのようなものがあり、美術的、視覚的、音楽的な表現も多いと。そうした、イメージの広がる言葉は日本語にするのは難しく、特に色を表す語彙は日本語より多いので苦労するという話にはほかの3人もうなずいていました。

(左から古川綾子さん、斎藤真理子さん、きむ ふなさん)

音楽がテーマのエッセイ『そっと静かに』を訳した古川綾子さんは、ハン・ガンさんの幼少時のヒット曲やパンソリの歌詞など自分の知らない歌が登場するたびに、一つずつ映像を探して見たり、当時の時代背景を調べたりしたので時間がかかったと翻訳時のエピソードを紹介しました。「突破口は見つからないけれど少しずつ回復に至っていく自分」が描かれているので、少し開いた扉から光が漏れている表紙デザインも気に入っているというお話もありました。

ハン・ガンさんとのエピソード
続いて、ハン・ガンさんとのエピソードをそれぞれ紹介しました。きむさんはこれまでハン・ガンさんと3回会ったことがあり、特に、中上健次が設立した熊野大学の2013年の夏のセミナーで会ったときのことが記憶に残っているそうです。関西空港から5時間も電車に揺られ和歌山県新宮市の山奥にある会場に到着したハン・ガンさんは、きむさんの顔を見て、ようやく韓国語で話せる相手に会えたととても喜んだのだとか。夜、二人で散歩したとき天の川が見えたという思い出も。当時は『少年が来る』の執筆中だったと、あとで知ったと話していました。

井手さんが訳した『月光色のチマ』は著者・韓勝源さんの母親がモデルの自伝的な長編で、1894~95年の東学農民運動から120年にわたる朝鮮半島の近代史に重なる作品です。朝鮮戦争が勃発した1950年当時は各地で同じ民族同士が殺傷しあっている状況。彼の故郷、全羅南道長興郡でも人民委員会が “保守派”だと目した韓一家を襲撃する計画があり、知人に知らされ裏山に避難したことで難を逃れたそうです。当時、彼は10歳。もし避難していなかったら、韓勝源、ハン・ガンという作家も生まれていなかったという話にもなりました。

(壁に貼った、韓勝源さん[壁の写真右側]とその母・朴貴心さん[同 左側]の写真を前にお話される井手俊作さん)

斎藤さんは『文藝 2019年秋季号』に掲載するための書き下ろし原稿をハン・ガンさんに依頼したときのエピソードを紹介しました。依頼からしばらくして、京都が舞台の短編「京都、ファザード」とともに、予期せぬ大量のイラストファイルが送られてきて驚いたと。本人の希望で、そのキム・ジュンイルのイラストとのコラボレーションという形で文藝に掲載されることになったそうです。

古川さんは2013年7月の東京国際ブックフェアのときの思い出を披露しました。その年のテーマ国が韓国だったため多くの韓国人作家が来日し、古川さんはハン・ガンさんの通訳兼アテンドを担当したそうです。美術館に行きたいということでいくつか回り、森美術館でハン・ガンさんがじっくりと作品を鑑賞していたのが印象に残っていて、このときいろいろ会話した経験は、のちにエッセイを訳すときに役立ったそうです。


(2013年7月 東京国際ブックフェアの一コマ。向かって右隣りは作家の呉貞姫さん)

視聴者からの質問
最後に質問コーナーもありました。翻訳が進まないことはあるか、どう対応するかという質問に、「追い詰められた状況に自分を置き、追い込んでいく(井手さん)」、「とりあえずざっと訳すというのができず、最初から納得のいく訳にしないと次に進めないので悩み続ける。その分時間はかかる(古川さん)」、「やっているうちに加速度がつく。まとまった時間を使って最後まで下訳してから、見直しをしつこくやる(斎藤さん)」、「翻訳は勉強の延長線上にあると思うし自分の読書でもあるので、ゆっくり少しずつ進める(きむさん)」など、三者三様の答えが返ってきました。

そして今後、ハン・ガンさんの詩集「서랍에 저녁을 넣어 두었다(引き出しに夕暮れをしまいこんだ)」がきむさんと斎藤さんの共訳で、また「 내 여자의 열매 (私の女の果実)」が斎藤さんの訳で邦訳されるそうです。いずれの作品も楽しみです。
(レポーター:牧野美加)

共催


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